業界話は塗装技能士試験の話
2026年8月1日(土)
2026年8月1日(土)
変わったのは、塗装業界そのもの
塗装業界で今起きている一つの変化についてお話ししたいと思います。
私は毎年、塗装技能士試験の事前講習から、本番試験の設営まで携わっています。
長年にわたり、多くの受験者を見てきましたが、近年、塗装技能士試験の合格率は実際に下がっています。
正直に言えば、昔と比べて、職人全体の塗装技術が落ちている部分はあると思います。
しかし、それを単純に、「今の職人は努力が足りない」「昔の職人の方が腕が良かった」
という話だけで片づけることはできません。
なぜなら、塗装業界そのものの仕事内容が大きく変わり、
職人に求められる能力も、職人を育てる環境も変わってきているからです。

昔は新築工事が仕事の中心だった
昔の塗装業界は、仕事内容の8割以上が新築工事だったと思います。
新築工事では、現場ごとに素材や仕様、仕上げ方法が異なります。
刷毛塗り、ローラー塗り、吹き付け、模様付け、色合わせなど、
さまざまな技術を実際の現場で経験することができました。
設計士が管理する現場になると、その要望は更に高くなり難易度も増していましたが
職人は毎日の仕事を通して、自然に幅広い技術を身につけていったのです。
また、昔は親方や先輩職人のもとで、長い修業期間を過ごすことが一般的でした。
見て覚える。
失敗して叱られる。
何度もやり直す。
少しずつ難しい仕事を任される。
そのような環境の中で、10年近い時間をかけて一人前の職人へと育っていきました。
時間の進み方、世の中のスピードもずっと緩やかだったと思います。
厳しい世界ではありましたが、親方や先輩から技術を教わり、
自分の仕事を見てもらう環境があったことも事実です。

現在は改修工事が仕事の中心になった
現在は、その割合がほぼ逆転し、塗装工事の8割が改修工事になったと言われます。
住宅の塗り替えをはじめ、工場や倉庫の屋根・外壁、鉄部、防水など、
既存の建物を維持するためのメンテナンス工事が仕事の中心になりました。
もちろん、改修工事が新築工事より簡単だということではありません。
改修工事では、既存の塗膜や下地の状態を見極め、なぜ傷んだのかを考え、
その建物に合った材料や工法を選ぶ必要があります。
ひび割れ、サビ、膨れ、剥がれ、雨漏りなど、建物ごとに状態は違います。
塗る技術だけでなく、建物の状態を正しく診断し、
適切な工事方法を判断する知識と経験が求められます。
つまり、昔と今では、職人に求められる技術の内容そのものが変わったのです。
現在の職人は、改修工事に必要な知識や判断力を身につけていても、
技能士試験で求められるような幅広い塗装技術を、
普段の現場で経験する機会が少なくなっています。
昔に比べて、日常の現場で身につく技術と、
技能士試験で求められる技術との乖離が大きくなっているのです。

現代の職人には、塗る技術以外の力も必要になった
改修工事が中心になったことで、現代の職人に求められるものは、塗装の技術だけではなくなりました。
お客様とのコミュニケーションやホスピタリティ精神、
周囲への気配りや配慮も、以前よりはるかに重要になっています。
新築工事の場合、工事中の建物には、まだお客様が住んでいなかったり、
会社や工場として使用されていなかったりすることが多くあります。
そのため職人は、決められた仕様に従い、正確に美しく仕上げることに集中しやすい環境でした。
しかし、住宅の塗り替え工事では、お客様が実際に生活しているすぐ近くで作業を行います。
工場や倉庫のメンテナンス工事では、
お客様が普段どおり仕事を続けている中で工事を進めることも少なくありません。
そこでは、ただ塗装ができればよいというわけではありません。
・作業前の挨拶や説明。
・洗濯物や車、植木などへの配慮。
・騒音や臭いへの対応。
・工事中の安全確保や整理整頓。
・日々の進捗報告。
・近隣の方や、工場で働く従業員の皆さんへの気配り。
お客様が不安に感じていないかを考え、
生活や仕事への影響をできる限り小さくしながら工事を進める必要があります。
昔の職人には、幅広い塗装技術が求められました。
一方、現代の職人には、塗装技術に加えて、コミュニケーション力、
判断力、説明力、気配り、ホスピタリティまで求められています。
職人に求められる能力が低くなったのではありません。
求められる能力の内容が変わり、その範囲はむしろ広くなっているとも言えるのです。

独立までの期間も短くなった
職人の育ち方や働き方も変わりました。
昔は、親方のもとで長く修業してから独立するのが一般的でした。
しかし現在は、3〜5年ほどで独立し、一人親方になる人も珍しくありません。
独立すること自体は、決して悪いことではありません。
自分で仕事を受け、自分の責任で働くことは立派なことです。
ただし、幅広い技術を十分に経験する前に独立すれば、親方や先輩から学ぶ時間も短くなります。
一人親方になれば、自分の得意な仕事を中心に、自分のやり方で仕事を進めることができます。
その反面、自分の仕事を客観的に見てもらったり、
間違いを指摘してもらったりする機会は少なくなります。
知らないうちに自己流になり、新しい技術や基本を学び直す機会も減っていきます。
ちなみに、三輪塗装から独立し、現在も活躍している職人たちは、
会社で約7年間しっかりと経験を積んでから独立しました。
その期間にさまざまな現場を経験し、塗装技術だけでなく、
段取り、品質、安全、お客様への対応、仕事に対する責任まで身につけていきました。
その積み重ねが、現在の安定した仕事につながっているのだと思います。

職人の腕が落ちた、だけでは説明できない
見方によっては、昔と比べて職人の塗装技術が落ちた面は、確かにあると思います。
しかし同時に、塗装業界の仕事内容が変わり、
職人に求められるものも、職人を育てる環境も大きく変わりました。
昔の職人は、日々の新築現場の中で、技能士試験につながる多様な技術を経験することができました。
現在の職人は、改修工事に必要な診断力や判断力、お客様への対応力を身につけていても、
技能士試験で求められる技術を、普段の仕事だけで身につけることは難しくなっています。
つまり、技能士試験の合格率が下がっている背景には、
職人個人の努力や能力だけでなく、業界全体の構造的な変化があると私は考えています。
職人の腕だけを昔と比較して、「今の職人は駄目だ」
と決めつけてはいけませんし、問題は解決しません。
現在の職人に不足している技術があるなら、それを学べる環境を、
会社や業界がつくっていく必要があります。

「技能士なんて意味がない」ではない
技能士試験の課題には、普段の現場ではあまり行わない作業もあります。
そのため、「実際の仕事では使わない」「今の仕事と試験の内容が合っていない」
「技能士の資格なんて意味がない」という意見が出ることもあります。
確かに、現在の仕事と試験内容との間に、大きな乖離があることは事実です。
しかし、そこで文句を言っていても何も始まりません。
ましてや、「普段やらない作業だから、技能士試験には意味がない」
と考えるのは違うと思います。
・普段の仕事だけでは経験できない技術を学ぶ。
・塗装技術の基本に立ち返る。
・決められた手順を守る。
・限られた時間の中で、正確に美しく仕上げる。
・苦手なことから逃げず、何度も練習する。
そこに技能士試験へ挑戦する大きな意味があると思います。

資格があるから偉いのではない
私はいつも言っていますが、資格を持っているから偉いわけではありません。
資格があれば、どのような仕事でも完璧にできるということでもありません。
三輪塗装が評価しているのは、資格そのものだけではなく、その資格を取得するまでの努力や姿勢です。
普段の仕事では経験できない技術を学び、基本に立ち返り、難しいことから逃げずに努力する。
できないことを、できるようになるまで練習する。
その過程が、職人としての幅を広げていきます。
だからこそ三輪塗装では、1級塗装技能士への挑戦を大切にしています。
ちなみに、三輪塗装で職長を務める職人は、全員が1級塗装技能士です。
お客様の大切な住宅や建物を任され、現場をまとめる職長には、塗装技術だけでなく、
学び続ける姿勢と責任感が必要だと考えているからです。
さらに現在の職長には、現場をきれいに仕上げるだけでなく、お客様や近隣の方、
工場で働く皆さんに配慮し、安心して工事期間を過ごしていただく力も必要です。
技術と人間力。
その両方を備えた職人を育てることが、これからの塗装会社には求められていると思います。

挑戦する人が減ることが一番怖い
私が危惧しているのは、合格率が下がることだけではありません。
「どうせ受けても合格できない」「難しいから挑戦しない」
と、最初から諦める人が増えてしまうことです。
挑戦する人が減れば、練習する人も減ります。
練習する人が減れば、自分の技術を見直し、基本を学び直す機会も失われます。
そうなれば、業界全体の技術力は少しずつ低下していくでしょう。
合格することは、もちろん大切です。
しかし、試験に向けて練習し、できなかったことができるようになる過程にも、大きな価値があります。
難しいことから逃げずに挑戦した経験は、その後の職人としての成長にも必ずつながります。

職人を育てることは、三輪雄彦の責務
三輪塗装では、自社の社員だけでなく、協力会社の皆さんや、その仲間の職人さんにも講習の場を広げています。
今回の自社講習会には、三輪塗装の協力会社と、その仲間の職人さんまで含めて15名が参加してくれました。
また、日本塗装工業会岐阜県支部が行う、試験直前の技術講習にも携わっています。
講習に来る職人たちは、本当に真剣に試験と向き合っています。
だからこそ、教える側である私たちも、真剣に向き合わなければなりません。
技術は、一度説明しただけで身につくものではありません。
実際にやって見せ、何度も練習し、できるようになるまで指導する必要があります。
時間も手間もかかります。
それでも、誰かが技術を伝えていかなければ、業界の技術は少しずつ失われてしまいます。
職人を育て、技術を次の世代へ伝えることは、一つの社会貢献であり、業界への貢献でもあります。
そして三輪雄彦にとって、果たすべき責務でもあると考えています。

これからの職人に必要なもの
塗装業界の仕事は変わりました。
職人に求められる技術も変わりました。
職人の育ち方や働き方も変わりました。
これからの職人に必要なのは、単に塗装が上手であることだけではありません。
・建物の状態を正しく判断する知識。
・お客様に分かりやすく説明する力。
・生活や仕事を続けている方への配慮。
・周囲を見ながら行動できる気配り。
そして、基本を忘れず、新しいことを学び続ける姿勢です。
しかし、どれだけ時代や仕事内容が変わっても、お客様から求められる品質と安心は変わりません。
・大切な建物を安心して任せられること。
・見えない部分まで丁寧に施工すること。
・何かあったときに、最後まで責任を持って対応すること。
その期待に応えるためには、塗装技術と人間力の両方が必要です。
三輪塗装はこれからも、1級塗装技能士への挑戦を大切にしていきます。
技術を磨き、人を育て、お客様への配慮を忘れず、職人として成長し続ける会社でありたい。
そして、職人を育て、技術と仕事に向き合う姿勢を次の世代へ伝えていくことを、
自らの残りの現役生活の責務と捉え、これからも全うしていきたいと思います。
これが僕の塗装業に40年関わらせて頂いた恩返しです。








