スタッフブログ

ランチ会-ビストロアダチさん
2023年11月20日(月)

ランチ会-ビストロアダチさん

今日のランチ会は bistro adachi(ビストロアダチ)さん オムライスランチをいただきました。 オムライスはふわトロ卵が惜しげもなくたっぷり。 ナイフで開くとトロトローっと卵が広がって思わず歓声が。 デミグラスソースver. ケチャップver. オムライスランチにはサラダ、ポタージュ、飲み物付き。 キノコのポタージュ、カリカリに焼いたキノコがおいしい。ほんのりポルチーニの味が。入ってたかな? とってもおいしかったです。 生牡蠣、土日限定のパスタランチも気になります!   :::::::::::::::::::: bistro adachi(ビストロアダチ) 0575-30-8383 予約可 岐阜県関市桜本町2-32-4 営業時間 11.30〜14.00 17.30〜22.00 定休日:木曜日 ::::::::::::::::::::
フランク・ロイド・ライト展
2023年11月17日(金)

フランク・ロイド・ライト展

現在豊田市美術館で「フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」の展覧会が開催されています。 いつもチェックしているわけではないのに、数年ぶりに検索をした豊田市美術館で建築界の巨匠フランク・ロイド・ライトの展示とは! 神のお導きを感じて、さっそく行ってきました。 腹ごしらえを済ませて、午後の豊田市美術館へ、いざ!   平日にもかかわらず、多くの来館者の方が見えました。 ライトの事ならなんでも興味津々、特に完成に至る過程の図面の展示では長いこと離れられず、気づけば後ろに長蛇の列が! 渋滞の原因は私です、ハイ、すみません。 CADのない時代に描かれた図面の美しさ、精細さに感動しました。 図面の脇に描かれたメモのような鉛筆のデッサンさえも素晴らしかったです。 他にも模型や、写真、動画、家具や窓などもに展示されていて、いちいち足止めです。 展示品の一部は写真撮影OKでした   ライトといえば落水荘(カウフマン邸)やロビー邸、現ヨドコウ迎賓館(山邑邸)などの住宅から、 帝国ホテル、グッゲンハイム美術館などの大建築まで数々の名建築で有名ですが、 タリアセン・フェローシップという建築学生の教育にも力を注いでいたことや、 一方で現場制作に頼っていた住宅建築を安く提供できるよう工業化する、今でいうプレハブ住宅も手掛けていたことをはじめてしりました。 その原寸大のレプリカ展示もしてあり、触れて体感することができます。   ライトは日本画を買い集め、アメリカで展覧会を開催、販売するブローカーでもあったそうです。 ライトも他の芸術家のように、日本画、日本文化に影響された一人だったようです ライトの代表的作風プレーリースタイルは、平等院鳳凰堂が基になったという仮説もアリかもしれませんね。   さて、帝国ホテルのレンガデザインに細部までこだわったという逸話から、勝手に彼をデザイナーに近い存在かと思っていた私。 ホテルの立地(海を埋め立てたという土地)をふまえ、構造的に工夫を凝らしていたことも知りました。 帝国ホテルオープンの1923年9月1日、関東大震災が発生し、多くの建物は崩壊し、あちこちで火災が発生。 延焼で町は無残な状態でしたが、帝国ホテルは大きな被害もなく残りました。 これもライトの構造設計のおかげかもしれません。   このブログを書く中で、帝国ホテルのホームページを見ました。 帝国ホテルでもロイド館100年を記念した展示が行われているそうです。 12月10日まで、ちょっと無理か。 フランクロイドライトスイート、1泊朝食付4名様まで140万円!!! ぜったい無理でした。
建築家伊東豊雄氏
2023年11月13日(月)

建築家伊東豊雄氏

先日NHKで「伊東豊雄最後の講義」という番組が放送されていたので録画してじっくり講義を受けました。 約3時間の講義だったものを編集して1時間ほどになっていましたが、聞きごたえは十分でした。 伊東氏の建築家としてのスタートから現在に至るまで、時代背景と建築の在り方、考え方を語られました。 建築家として転機となった建物を、設計意図やエピソードを交えて話してくださり、とても興味深いものでした。   伊東氏は大学卒業後、菊竹清訓設計事務所在勤中に大阪万博の建築に携わりますが、 来場者が太陽の塔ばかりに足を運ぶ為、近代建築に疑問をもちます。 その後、独立して住宅設計などを手掛けるも公共建築を手掛けるチャンスになかなか恵まれず、やっと手掛けることのできた博物館の設計。 そこで直面したのが来場者のための提案を管理者の都合で否定される現実でした。 「これが公共建築か」とショックを受け、何としてもそれを変えたいと思ったそうです。 その後は数々の公共建築や大建築を手がけますが、2011年東日本大震災が起こります。 伊東氏は、震災直後の仙台を訪れ建築ができることは何かを考えます。 「仮設住宅よりも避難所にいたい」という人々の声を聴き『みんなの家プロジェクト』を発足。 被災者の方々が集まりコミュニケーションの取れる集会場のような場所を提供しました。 誰のための建築なのか、そこに焦点をあてたプロジェクトでした。 かつて抱いた近代建築、公共建築への疑問や失望への挑戦であり、答えだったのではないかと思います。 2013年には建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞し世界の伊東となり、 現在に至るまで名建築を残しています。 伊東氏の名建築の一つ、岐阜市の図書館「みんなの森ぎふメディアコスモス」 そのタイトルに込められた建築家・伊東豊雄氏の信念を強く感じました。