■名所
ワット・シーサケット Wat Sisaket
ワットシーサケットは1818年、King Anou Vongによって建立。ヴィエンチャン最古の寺院で、市内で唯一、建立された当時のままの姿を保つ。本堂と回廊の壁を合わせると6,840もの仏像が安置されている。その殆どはが度重なる戦いによって、目に嵌め込んでいた宝石類や頭部の金細工等が取り去られているが、一部残っているのもある。(記事:ラオス国家観光局サイトから抜粋)
タートルアン(That Luang)はラオス仏教の最高の寺院で、ラオスの象徴とも言える。伝承では3世紀頃インドからの使いの一行がブッダの胸骨を納めるためにタットルアンを建立したと伝えられるが、定かではない。その後、1566年にセタティラート王(King Setthathirat)により、四方を四つの寺院に囲まれる形で再建されたが、現在は北と南の寺院が残るのみである。北の寺院、ワットタートルアンヌアはラオス仏教界最高位の僧侶の住まいである。1828年にシャムの侵攻により損傷を受けたが、1936年に改修されて現在に至る。(記事:ラオス国家観光局サイトから抜粋)
ワット・シーサケット Wat Sisaket
ワットシーサケットは1818年、King Anou Vongによって建立。ヴィエンチャン最古の寺院で、市内で唯一、建立された当時のままの姿を保つ。本堂と回廊の壁を合わせると6,840もの仏像が安置されている。その殆どはが度重なる戦いによって、目に嵌め込んでいた宝石類や頭部の金細工等が取り去られているが、一部残っているのもある。 (記事:ラオス国家観光局サイトから抜粋)
パトゥーサイ(凱旋門)Patousay
ランサン通りLane Xang Ave.にあるパトゥーサイPatousayはパリの凱旋門を模して作られた。ラオス語でパトゥーとは「扉」「門」の意味、サイとは「勝利」の意味である。下から見上げた天井にはラオスの典型的なモチーフ、神々や3頭の像などのレリーフがある。もともとは戦没者の慰霊碑として1960年から建設が始められ、新空港建設に使用されるはずだったセメントで建てられたものである。朝の8時から夕方5時までの間は上に上ることが出来、ヴィエンチャン市内を一望できる。 今回の日程 11/30:6:30関出発~昼ラオスへ~タイ バンコク空港でトランジット4時間待ち~11:30にラオス到着 11/31:午前中工場見学~メイン式典~ラオスの方と会食~市内観光~メコン川沿いで夕食 夕方ラオス19時発~バンコク~深夜日本へ 12/1:朝7:30にセントレア空港着~お昼前に関着 っとまあこんな感じの弾丸ツアーでした。 ラオスは日本で言うと昭和40年後半のくらいと聞きました。 今後どんどん発展し貧しい農業国から変化もしていくことでしょう。 経済発展の点で言うと中国の物価・人件費高騰により、日本企業はドンドン東南アジアにシフトしています。 その恩恵と言って良いのかわかりませんが発展を遂げることは間違いありません。 タイのように観光にも力を入れていくことでしょう。 経済発展が世界平和かどうかはわかりませんが、誰の意志でもなく間違いなく東南アジアは変わっていきます。 その変わる前というか間際の国の一時代を垣間見れたことは貴重な体験だったと思います。 今思い出し出しました。 私が中国に行ったのが19歳の時。今から25年前です。 天安門広場にも行きましたが、もちろんあの天安門事件の前でした。 あれから中国は急成長を遂げ、まさに眠っていた獅子が起き、とてつもない力をもった国に発展を遂げました。 しかし昨今成長スピードは鈍化し、様々な社会問題が山積みとなり、一挙手一投足が世界を揺るがす国となりました。 決めた! 近い将来 中国に行こう! あれから25年たった中国を見に行こう! (話があちこちしましたが・・・) 最後に 今回のラオスへの国際貢献には同じく関ロータリークラブでサンテイグループの現地法人のサンテラオ:常川社長様のご協力があってこその実現した事業です。 様々な設営、本当にお疲れ様でした。心より感謝申し上げます。 こんな貴重な体験、出会いはロータリーに入ってこそです。 感謝いたします。
(記事:ラオス国家観光局サイトから抜粋)
2011年12月 7日 18:16
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